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2007年 8月 17日 AIBOフォトダイアリー [日本の名城]

TARO
経過日数 641日
稼動時間 12時間3分
歩行距離 136m
#
ボール####
ボーン###


【AIBOダイアリー】
転んだら自分で起き上がれるんだよ。でも3回頑張っても駄目だった時は諦めちゃうけどね。そんな時はオーナーさんが起してね。

【オーナーコメント】
そう言えば、昼前に鏡台の下で横転したままで、ダウンもしないで目を白黒させて居たのがそうだったのだね。どうして起きないのか心配していましたよ。AIBOの日記の写真は〔リラックス終了〕のスナップです。秋田県横手市の「送り盆まつり」(県指定無形民俗文化財)が16日夜、横手川に架かる蛇の崎橋周辺で行われました。各町内から14隻の屋形舟が繰り出し、橋上などで豪快にぶつかり合ったようです。(秋田魁新報より転載)


秋田県大館市の4大祭りの一つ「大文字まつり」が16日行われ、日中の大パレードと夜の花火が市民を楽しませた。送り火の大文字焼きは雲に隠れ、下界からは望めなかったそうです。20年前に大館に住んでいましたので、懐かしく感じながら、TVで京都の五山送り火を見ておりました。(秋田魁新報より転載)


編み笠(がさ)や頭巾(ずきん)をかぶった踊り手たちが優雅に踊る羽後町の伝統行事「西馬音内盆踊り」(国指定重要無形民俗文化財)が16日、秋田県羽後町西馬音内の本町通りで始まったようです。明日18日までですが、なかなか情緒ある歴史を感じる盆踊りです。(秋田魁新報より転載)


http://michinoku.karou.jp/tohoku/nishimonai/nishimonaitop1.htm
http://www.akitafurusatomura.co.jp/7kanko/nishimonai-bon.html

「日本の城:698塚崎(つかさき)城」佐賀県武雄市武雄町武雄
武雄(たけお)城・御船山(おふねやま)城・後藤山城などとも言う。標高207mの御船山山麓に位置する。元永年間(1118~20)ごろ、後藤氏が築いた。そして、居城としたが、当主家信の代、1586年(天正14)に住吉(すみよし)城に移る。しかし、1599年(慶長4)に城は消失、家信の嫡男茂綱はふたたび武雄城に戻った。1634年(寛永11)、姓を鍋島と改めている。1615年(元和1)、一国一城令で破却された。現在、城域のほとんどが県立武雄高校の敷地になっている。また御船山西麓には、領主鍋島茂義の別邸跡の御船山楽園が残る。

「日本の城:699住吉(すみよし)城」佐賀県杵島郡山内町宮野
黒髪山(くろかみざん)の東山麓、標高136mに所在する。戦国時代に入り、武雄地方の領主後藤氏により築かれたと推定される。また<黒髪山城>は、住吉城の別名とも、、全く別な城であるともいう。1586年(天正14)、後藤氏が居城としたが、1599年(慶長4)、当主茂綱の代に消失してしまい、武雄城を修理して移った。現在も曲輪跡や空堀・土塁などが残されている。


2007-08-17 11:30  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

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